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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)5185号 判決

本訴原告・反訴被告

疋 田 長 大

右訴訟代理人弁護士

緒 方 孝 則

本訴被告・反訴原告

飯 田 徳 弘

右訴訟代理人弁護士

正 木 孝 明

桜 井 健 雄

井 上 英 昭

主文

一  反訴被告(本訴原告)は反訴原告(本訴被告)に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月二二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴原告(反訴被告)の請求を棄却する。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じて本訴原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決は反訴原告(本訴被告)の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  本訴被告は本訴原告に対し、金一七五〇万円及びこれに対する昭和五九年四月一日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  本訴訴訟費用は本訴被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  本訴請求を棄却する。

2  本訴訴訟費用は本訴原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  反訴被告は反訴原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月二二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  反訴訴訟費用は反訴被告の負担とする。

3  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  反訴請求を棄却する。

2  反訴訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴請求原因

1  本訴原告(以下「原告」という。)は、システム工学研究所という名称で商品取引である穀物相場の電子計算機用の演算指令、指示プログラム等の製造販売を業とするものである。

2  原告は本訴被告(以下「被告」という。)に対し、昭和五八年九月四日、原告の開発した穀物相場分析プログラム「システム一〇四」を磁気記録円盤に記憶、記録した別紙プログラム目録記載のプログラム一式(以下「本件プログラム」という。これは、アップルⅡという電子計算機のためのものである。)を、代金二七五〇万円を売買契約時点に五〇〇万円、同月末日までに五〇〇万円、残代金一七五〇万円を昭和五九年三月三一日から昭和六三年三月三一日までの五年間に三月及び九月の各末日に一七五万円宛支払うこととし、右分割金の支払いを一回でも怠る場合には当然に期限の利益を失って残代金をただちに支払う、また、被告プログラム著作物の複製物である本件プログラムの所有者になるが、これを自己使用以外に使用せず、また複製もしないという約定で売り渡した。

3  被告は原告に対し、本件プログラムの代金として、昭和五八年九月九日に一九〇万円、同月一二日に二一〇万円、同月一三日に一〇〇万円、同年一〇月六日に一〇〇万円、同月三一日に二〇〇万円、同月中旬に二〇〇万円を支払ったが、その余の支払いをしない。

4  よって、原告は被告に対し、売買契約に基づく代金請求として金一七五〇万円及びこれに対する昭和五九年四月一日から支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  同1は認める。

2  同2のうち、原告及び被告間において、昭和五八年九月四日、原告の開発した商品取引相場である穀物相場分析プログラム「システム一〇四」を磁気記録円盤に記録、記憶した本件プログラム一式について、被告が原告に対して二七五〇万円を支払い、被告はプログラム著作物の複製物である本件プログラムを記憶、記録した磁気記録円盤の所有権を取得するが、これを自己使用以外に使用せず、また複製もしないという約定の契約をしたことは認め、その余は否認する。なお、右契約は、理論的には本件プログラムの使用許諾契約であって、売買契約ではない。

3  同3のうち、被告が原告に対し、本件プログラムの対価(使用許諾料)として、昭和五八年九月九日に一九〇万円、同月一二日に二一〇万円、同月一三日に一〇〇万円を支払ったこと、被告が原告に対し、同年一〇月六日に一〇〇万円、同月三一日に二〇〇万円、同月中旬に二〇〇万円を交付したことは認め、その余は否認する。なお、被告が原告に対し、同年一〇月六日に一〇〇万円、同月三一日に二〇〇万円、同月中旬に二〇〇万円を交付したのは、本件プログラムの対価(使用許諾料)として交付したのではなく、原告に対して貸し渡したのである。

三  本訴請求原因に対する抗弁

1  被告は、原告から、本件プログラムを使用したとしても商品取引である穀物相場の相場分析をなし、その投資コンサルタント業を営むことができないにもかかわらず、これが可能であるとの説明を受け、その旨誤信して、原告との間で、本件プログラムについての(使用許諾)契約を締結した。

2  原告は被告に対し、本件プログラムについての(使用許諾)契約を締結する際、本件プログラムが特殊なものであり、これを使用するには理工系の大学院卒業程度の高度な統計学的知識が必要であり、被告が本件プログラムを使用しても穀物相場の分析をなし、その投資コンサルタント業を営むことは不可能であることを知りながら、これを秘し、被告に対して右投資コンサルタント業を営むことが可能であり、これによりただちに本件プログラムの対価を回収することができる旨を告げて被告を欺罔し、本件プログラムについての(使用許諾)契約を締結させた。

被告は原告に対し、昭和五九年八月一七日、右契約における借り受けの意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

3  本件プログラムは、商品取引相場の分析手法として統計学的に異端に属する特殊な手法を用いて分析結果を算出するものであって、その分析結果は十分信頼できるものではなく、また、その使用により得られた分析結果が、いかなる方程式により得られたものであるかが全く不明であり、原告も被告に対してなんら説明しないため、それを使用して得られた分析結果をもって、商品取引相場の投資コンサルタント業を営むことは到底不可能なものであるから、客観的に投資コンサルタント業を営むためのプログラムとしての性能、性質を具備していないことになる。したがって、本件プログラムには隠れた瑕疵があるというべきである。

そして、被告は、本件プログラムはこれを用いて穀物相場の投資コンサルタント業を営むことができる性能を有するものとして、本件プログラムについての(使用許諾)契約を締結したのであるから、本件プログラムが右瑕疵を有する以上、被告は右契約の目的を達することはできない。

そこで、被告は原告に対し、昭和五九年三月二一日、右瑕疵を理由に右契約を解除する旨を意思表示した。

4  本件プログラムは右2、3のとおり特殊なものであり、これを使用するには理工系の大学院卒業程度の高度な統計学的知識が必要であり、こうした知識がなければ、被告が本件プログラムを使用しても穀物相場の投資コンサルタント業を営むことは不可能であるから、原告は被告に対し、本件プログラムについての(使用許諾)契約を締結する際、右説明をなすべき義務があり、被告は原告から右説明を受けたうえでないと、右契約を締結するか否かの判断ができないというべきである。したがって、右義務は右契約においては付随的なものであるとしても、被告としては、右説明を受けない限り、本件プログラムについての契約を締結したうえ右契約の目的を達成することはできないことになるから、被告は原告に対し、右義務違反を理由に右契約を解除しうる。

被告は原告に対し、昭和六三年一〇月四日の本件第一九回口頭弁論期日において、右契約を右説明義務違反を理由に解除する旨の意思表示をした。

四  本訴抗弁に対する認否

1  同1のうち、被告が穀物相場の投資コンサルタント業を営む目的で本件プログラムの売買契約を締結したことは認め、その余は否認する。なお、本件プログラムは、商品取引相場の投資コンサルタント業を営む者に対し、相場分析に有用な機能を有し、相場の判断の際にこれを利用すれば、商品取引の判断をなす際の有力な判断資料を提供するものであり、それゆえ、本件プログラムは商品取引相場における売買契約の判断を決定するのを支援するシテテムであるとして売買されているのであり、相場分析の最終的判断はこれを使用する者が行うのは当然であり、それを前提にして本件プログラムの売買がなされている。

2  同2ないし4のうち、被告が穀物相場の投資コンサルタント業を営む目的で本件プログラムの売買契約を締結したこと並びに被告が原告に対し、昭和五九年八月一七日、昭和五九年三月二一日、昭和六三年一〇月四日の本件第一九回口頭弁論期日において、それぞれ原告及び被告間の本件プログラムについての契約を、詐欺を原因として取り消す旨の意思表示、また隠れた瑕疵があり契約の目的も達成できないこと、被告主張の説明義務違反を理由にそれぞれ解除する旨の意思表示をそれぞれなしたことは認め、その余は否認する。

五  本訴再抗弁

原告及び被告間においては、本件プログラムの売買契約は商人間の売買としてなされているから、たとえ本件プログラムに瑕疵があったとしても、被告は原告に対し、右瑕疵についてただちに通知をしていないし、それがただちに発見できないものであったとしても、本件プログラム受領後六か月は経過した。

六  本訴再抗弁に対する認否

原告及び被告間においては、本件プログラムの売買契約は商人間の売買としてなされていることは否認する。原告及び被告はいずれも商人ではないので、原告及び被告間における本件プログラムについての契約には商法は適用されない。

七  反訴請求原因

1  被告は原告との間において、昭和五八年九月初めころ、被告が原告に対して本件プログラムの使用許諾料として代金二七五〇万円を支払い、原告は被告に対して本件プログラムの使用を許諾するという合意をなし、原告に対し、同年九月九日に一九〇万円、同月一二日に二一〇万円、同月一三日に一〇〇万円を支払った。

2  しかし、原告及び被告間における本件プログラムについての右合意には、本訴抗弁1ないし4の事由があり、右契約は無効、取り消しまたは解除された。

3  よって、被告は原告に対し、契約の無効、取り消しまたは解除に基づく不当利得返還請求として、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月二二日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

八  反訴請求原因に対する認否

1  同1のうち、原告及び被告間において本件プログラムについての契約が使用許諾契約であることは否認し、その余は認める。

2  同2についての認否は、本訴抗弁に対する認否のとおりである。

九  反訴抗弁

本訴再抗弁のとおりである。

一〇  反訴抗弁に対する認否

本訴再抗弁に対する認否のとおり。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が、システム工学研究所という名称で商品取引相場である穀物相場の電子計算機用の演算指令、指示プログラム等の製造販売を業とするものであること、原告及び被告間において、昭和五八年九月四日、原告の開発した穀物相場分析プログラム「システム一〇四」を磁気記録円盤に記憶、記録した、アップルⅡという電子計算機用の本件プログラム一式について、被告が原告に対して二七五〇万円を支払い、被告はプログラム著作物の複製物である本件プログラムを記憶、記録した磁気記録円盤の所有権を取得するが、これを自己使用以外に使用せず、複製もしないという約定の契約をしたこと、被告が原告に対し、本件プログラムについて、昭和五八年九月九日に一九〇万円、同月一二日に二一〇万円、同月一三日に一〇〇万円を支払ったこと、被告が原告に対し、同年一〇月六日に一〇〇万円、同月三一日に二〇〇万円、同月中旬に二〇〇万円を交付したこと、被告が穀物相場の投資コンサルタント業を営む目的で本件プログラムについての契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、、次の事実を認めることができ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告は、システム工学研究所という名称で株式・商品取引相場の動向を分析する、電子計算機用のプログラム(電子計算機に、機械が行うべき演算等の内容及びその順序等を指示、指令するように定めたもの。)等の製造販売を業とし、同研究所の名称で右プログラムを磁気記録円盤等に記憶、記録させたものの販売をし、商品取引投資の業界紙にI・O・M研究所の名称でコンピュター分析による商品売買の決定支授システムの販売広告を掲載するなどしていた。

2  被告は、高校卒業して家業の農業に従事した後、会社員となったが、昭和五四年ころ退職し、以後農業に従事するほか、他に就職しないまま、同年末ころから商品取引の相場を始めたが、商品取引の知識、経験が十分でなく、約二〇〇〇万円もの損失を受けた。そこで、被告は、昭和五五年末ころ、商品取引の業界紙に原告が開発した電卓(卓上型電子計算機)を用いた商品取引の相場用プログラムを購入し、これを利用していたが、昭和五六年秋ころ、原告から購入した二台目の右電卓が故障したため、原告方に電話したところ、右電卓では限界があるので、原告の開発した全体で三五〇〇万円の商品取引相場用の電子計算機用のプログラムの購入を勧められ、右プログラム全部ではなく七五〇万円分のプログラムであっても十分利用でき、商品取引相場分析が可能である旨勧められ、これを個人用電子計算機であるアップルⅡとともに購入することとした。

そして、被告は原告から、商品取引である穀物相場の分析をする目的で右プログラムを記憶、記録した磁気記録円盤を購入した後、そのプログラムがいかなる方程式に基づくものかについて説明を求めたが、原告からアップルⅡによるプログラム操作方法とその結果表示される画面を見ていればその相場が「買い」か「売り」かが分かるとの説明を受けただけであった。なお、被告は原告に対し、右プログラムを記憶、記録した磁気記録円盤の代金として七五〇万円を三か月の分割で支払った。

3  ところが、被告は、右プログラムを利用して商品取引をしたが、損失を受けたため、昭和五八年六月ころ、原告に対し、この点を問いただしたところ、商品相場は相場の波動を見なければ十分分析することはできず、右七五〇万円のプログラムでは右波動を見ることはできないから、右三五〇〇万円のプログラム全体の残りのプログラムを購入したプログラム全部を備える必要があるので、これを購入するよう勧められた。

被告は購入資金がないことを理由にこれを断ったが、その後、原告から、右七五〇万円のプログラムには、画面には表示されないが他の装置を用いると演算結果が外部に表示されるようになっているから、プリンターと称する装置を二〇〇万円で購入したらどうかという勧めがなされ、被告が残りのプログラムを購入すれば、原告所有のプリンターを五〇万円で譲渡するとの申し入れもなされ、さらに従前の三五〇〇万円のプログラムの外に新しく開発したプログラムもあるので、原告の事務所に来るように誘った。

4  そこで、被告は上京した原告に会うことにしたが、原告は被告に対し、本件プログラムは商品取引の相場の波動を将来のものについて見ることのできるプログラムであり、これを用いれば自ら商品取引相場で相当の利益を得ることができることは勿論、その投資コンサルタント業もできる旨を申し述べ、代金については分割でよいし、これを用いて商品相場で利益を得てから支払ってもいい旨を述べた。また、原告は被告に対し、被告が資金を提供すれば、原告がこれを運用して利益を得て、この利益を右代金に充当してもいいなどと申し述べた。

被告は、本件プログラムを用いれば穀物相場の投資コンサルタント業がなしうるならば、いままで商品取引相場で損失した分を十分回復しうると考え(なお、被告は、商品相場における損失のために農地の一部を売却していた。)、原告に対し、手持ち資金は五〇〇万円であるから、これならば支払える旨を述べ、原告もこれを承諾した。そして、被告は、原告から本件プログラムを購入することになり、その対価として昭和五八年九月九日に一九〇万円、同月一二日に二一〇万円、同月一三日に一〇〇万円を支払い、次いで、原告に運用を任せる資金として、同年一〇月六日に一〇〇万円、同月三一日に二〇〇万円、同月中旬に二〇〇万円を交付した。

5  本件プログラムは七枚の直径五.二五インチの磁気記録円盤(フロッピーディスク)に記憶されている、電子計算機であるアップルⅡに対する指令、指示であり、一つの結果を得ることができるように組み合わされている記録であって、その記憶されている内容は、データの時間的順序にしたがって変動する相場価格を解析する時系列分析手法を採用し、特に将来生じる可能性のある一定の確率的動きを解析するための方法として、メサ分析手法(これは、エネルギーは性質上一定の蓄積がなされると減衰するという点に着目した分析手法)等を主な特色とするものであり、これを六〇日という期間内の相場に当てはめて分析処理するというものである。現在、本件プログラムと同様なものを新たに開発するには約一億円の費用を要する。なお、商品取引相場における価格変動要因としては、季節、天候、政治的、世界的景気動向等の要因も重要であるが、これらはその性質上、本件プログラムには組み込まれていない。

6  ところで、原告は、本件プログラムの操作及びその結果得られた分析結果の解析、読解についてはこれを記載した書面を作成すると、本件プログラムのノウハウが外部に漏れてしまうと考え、このような書面により被告が自らその操作に習熟するための練習をすることを許さず、原告が被告に対し、直接その操作及び表示された結果の解析、解読について指導をすることにしていた。しかし、本件プログラムは、理工系の大学院卒業程度の統計学の専門的知識のない者が本件プログラムの操作及びその解析、分析結果を理解するようになるには半年ないし一年間を要するような高度な内容である。

以上のとおり認めることができる。

二右に認定したところにより、以下判断する。

まず、本件プログラムについて、原告及び被告間においてなされた合意の性質について、検討する。本件プログラムが七枚の直径五.二五インチの磁気記録円盤(フロッピーディスク)に、記憶、記録されている、電子計算機であるアップルⅡに対する指令、指示であり、商品取引相場の動向についての一定の結果を得ることができるよう組み合わされている記録であって、被告はこれを取得して対価として二七五〇万円を支払うという合意であるから、一応磁気記録円盤七枚の売買の形態をとるが、右金員は磁気記録円盤に記憶、記録されている本件プログラム内容そのものに対する対価であり、原告は被告に対し、右磁気記録円盤を譲渡しても本件プログラムをなお使用、譲渡する権利そのものは失わないと認められるから、原告は被告に対して本件プログラムを使用する権利を対価を得て付与することになるというべきである。したがって、原告及び被告間における本件プログラムについての合意は、被告は原告に対して対価を支払って本件プログラムの使用権を取得するという合意を主とするものであると認められる。しかし、被告は原告に対して右対価を支払えば、本件プログラムの使用権を得るだけではなく、本件プログラムの記憶、記録媒体としての七枚の磁気記録円盤(フロッピーディスク)そのものの所有権を取得することになると解されるから、結局、原告及び被告間における本件プログラムについての右合意は、本件プログラムの使用権の許諾及び七枚の磁気記録円盤(フロッピーディスク)の所有権の譲渡とが複合した契約(以下「本件契約」という。)ということができる。それゆえ、原告及び被告の主張はそれぞれその一面を捕らえたものであり、矛盾するものではない。

ところで、本件契約が締結されるに至った経緯は、右認定のとおり、原告は被告に対し、本件プログラムを利用すれば、商品取引である穀物相場の投資コンサルタント業を開業することができる旨申し述べ、被告をこれを受けて、本件プログラムの対価を右コンサルタント業により得た利益により支払うこととし、原告もこのような支払い方法を承諾したものと認められるから、本件契約の締結は、被告がこれを用いて商品取引相場である穀物相場の投資コンサルタント業を開業することを主たる動機とし、原告もこれを十分承知したうえ、本件契約の締結に至ったものと認められる。

そこで、次に本件プログラムを利用すれば、被告において右穀物相場の投資コンサルタント業を開業することが可能であるかが問題になるので、これを検討することとする。〈証拠〉によれば、本件プログラムは、商品相場に習熟した者であれば、統計学の専門知識がなくても、電子計算機に本件プログラムを装備して操作することに習熟し、種々の分析結果を画面表示することができれば、その結果については一応理解することは可能であるが、本件プログラムの解析結果を十分理解するには、理工系の大学院における統計学の課程を習得した水準の知識がないと不可能であり、本件プログラムを用いて、商品取引の投資コンサルタント業をなすには、右のような統計学的素養が必要であること、しかも、本件プログラムは商品取引について熟知している者が相場の動向を判断する際の補助的手段として使用するのが最も有効な方法であり、その場合でも、原告の商品取引の相場に対する考え方に共鳴することが必要であること、それゆえ、商品取引相場の動向についての判断そのものを本件プログラムにすべて頼るという使用方法では、利用価値はないこと、したがって、被告のように商品取引について十分な知識もなく、統計学の知識もない者が比較的短時間でこれを使いこなすようになるのは到底不可能であることが認められ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、被告が本件プログラムを使用してただちに商品取引相場である穀物相場の投資コンサルタント業を開業することは到底不可能と認めることができ、一般的に本件プログラムがこのようなものであるならば、その対価が前記のとおり高額であることからも、これを知った者は本件契約に至らないものというべきであるから、本件契約は錯誤により無効というべきである。なお、原告は被告に対し、本件プログラムの使用方法について、教示することにしていることは、前記のとおりであり、それにより被告が本件プログラムを一応使いこなせる可能性がないわけではないが、〈証拠〉によれば、被告のように統計学の専門的知識のない場合には、開発者である原告のもとで半年ないし一年間の訓練を経ることを要すると認められるのであるから、このような説明を受け、これを承知していなければ、特段の事情のない限り通常は本件契約に至らないことは明らかであるから、右の事情があるからといって錯誤の適用がないとすることはできない。

以上によれば、原告及び被告間における本件契約は、錯誤で無効となるから、その余の点を判断するまでもなく、原告は被告に対し、昭和五八年九月九日、同月一二日及び同月一三日にそれぞれ受領した合計五〇〇万円を返還する義務がある。そして、〈証拠〉によれば、被告は原告に対し、昭和五九年三月二一日、本件プログラムの対価として支払った本件請求の合計金五〇〇万円について、本件プログラムには瑕疵があることを理由にその返還を請求していることが認められるから、原告は被告に対し、同月二二日から遅延損害金の支払い義務がある。

三よって、原告の被告に対する本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、被告の原告に対する、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月二二日から支払い済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める反訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、仮執行の宣言について、同法第一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官秋武憲一)

別紙プログラム目録〈省略〉

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